二人でひらめいているイラスト

この記事では、ブログの運営者であるmahiroの実話である「『人生最悪』のわたしの8年間」を公開します。

これを読んだあなたが少しでも「共感」「理解」「発見」ができれば幸いです。
人生の一部を話していますので結構長くなっていますが、小説寄りにしていますので読みやすいと思います。

では、御覧ください。

―仕事が続かない―
『人生最悪』のわたしの8年間

人生最悪な8年間のはじまりの『始まり』

わたしは高校生からアパレル販売員としてアルバイトをしており、高校卒業後は別のアパレルショップで働きはじめました。
元々洋服に興味があり、オシャレをするのが好きだったわたしは、アパレル販売員の仕事になんら違和感を持たず、比較的楽しい生活を送っていました。

22歳のときに店長になり、ひたすら自分のするべきこと、できることを毎日続けていき、30歳のときにはSV(スーパーバイザー)という役職に就くことができました。

――そんなある日。高校からの友人(今後Aと呼ぶ)で、普段はあまり連絡をとらないAから電話があり、いきなり「話がある」と言われます。「数年間連絡をとらなかったオレに何の話?」と思いましたが、久しぶりの友人ということもあり、お互いの予定を合わせて週末に会う約束をしました。

――数年ぶりに会ったAは高校時代とは少し雰囲気が違っていました。当時は弱気な性格で、自分に自信がないように見えましたが、今はなにか……自信がにじみ出ているような……でもすこし違和感があるような…でもわたしは「自信があることは良いことだな」と思いあまり気にしないことにしました。

わたしたちは1時間ほど談笑し、そろそろネタが尽き始めた頃にAが本題に入りはじめました。

「ところで、今何の仕事しよると?」

「今はアパレルショップでSVしてる。なかなか面白いよ」

「へーんじゃ洋服売るのにも交渉とかするんやろ?」

「交渉っていうか接客ね。そりゃ商売だからするよ」

「個人成績みたいなのあるの?」

「あるよ。これでも結構優秀な売上成績やったんよ」

するとAは「んじゃオレの会社で働いてみらん?」

――いきなりのAの言葉に何も言えませんでした。あっけにとられるというか…まさかこんな男からそんな言葉が出てくるなんて想像もしていなかったからです。
そんなわたしを見ながらAは言いました。

「オレの会社最近仕事が入りまくってさ、オレもかなり忙しくなってきとるんよ。だけんオレの代わりに営業してくれるヤツ探しとってさ――」

営業?それにもわたしはビックリしました。
確かにわたしは今の会社では成績が良く、人当たりもいいと言われてきました。自分でも接客には自信があり、お客様に満足してもらえる販売員を意識していました。
でも、営業は完全な畑違い。到底できることではないと思いました。

「いや無理やろ。だいたいなんでオレなん?」

するとAは真剣な表情で話はじめました。

「高校のときからおまえ愛想よかったやん。結構人望もあったし。んで、信用できるヤツで愛想よくて仕事ができるヤツおらんかなーっと思ったときに、おまえの顔がパッと思い浮かんだんよ」

――それだけ?それだけのことでオレを選んだの?という顔しながら、Aの顔を眺めていました。
おそらくコイツはバカだろう。そんな大切なことを思いつきで行動するなんて。あのとき感じた違和感はこれだったのかも…と考えました。

でも次にAが言った言葉でわたしの気持ちがゆらぎはじめます。

「いま年収いくら?」

「え?言わんよそんな」

「いいけんいくらなん」

「――500万超えるくらいかな…」

「んじゃ650万出すよ」

「…ウソやろ?」

「いやマジ」

「営業の経験ないのに?」

「営業職ってそんなもんよ、成績が上がれば+インセンティブもつくけど」

「…」

――わたしの実家は裕福なほうではなく、比較的…というかかなり貧乏でした。晩ごはんが無いときもありましたし、誕生日に好きな物を買ってもらえることもありませんでした。
その影響からか、昔からお金には敏感で「簡単にお金が入るならなんでもしてみる」というのがわたしの根本にありました。
実際に、わたしが20代前半のとき『ねずみ講』が流行っていたのですが、それにも副業として手を出していましたし、株やFXなどにも支障がない程度やっていました……

――――年収650万円…+インセンティブ…

そのあとわたしは、Aに色々なことを聞き、いろいろな疑問をぶつけていきました。
会社を作った経緯、どんなことで利益を上げているのか、従業員は何人いるのか――そして、会社のコーポレートサイトも見せてもらいました。

Aの会社は『オフィス什器の施工』をメインとした会社で、オフィス新設、移転に伴う什器の搬入や施工、設置、などをする仕事でした。基本的に什器を販売している元請けがあり、その会社から仕事をもらっている下請け会社ということになります。

「意外としっかりした会社なんだな」

確かにベンチャーではありましたけど、年々売上を伸ばしている会社でもあったので「信用できる会社かも…」と思うようになりました。

――その日は明確な返答はせず、帰宅することにしました。
バスに揺られながら今日のことを考えていると、なぜか帰り際にAが言ったことが頭をよぎりました。

「無理せんでもよかけん。いまの会社ば大切にしとるならそっちを優先させたほうがいい」

おそらくAはわたしが断りやすいように言った言葉だったんでしょう。でもこの言葉が数年後、思いも寄らないところで思い出すことになります。

―仕事が続かない―
最悪な8年間へのカウントダウン

わたしは14年間働いたアパレル会社を辞め、Aの会社に転職することを決意しました。
今いる会社には不満もなく、逆に満足していますが、ここよりも良い給料がでる会社へ転職できるのは、これが最後のチャンスだろうと思ったからです。
部下や上司からは「――もったいないですよ!」「絶対後悔するぞ!」「――考え直さんか」という声をもらいましたが、わたしの心はもう決まっていました。

引継ぎなどがあったため、実際にAの会社へ入社できたのは2ヶ月後でした。

『社長の友達』ということも影響しているのか、皆わたしに優しく、丁寧に仕事を教えてくれたことは今での覚えています。

――でも、営業という仕事は大変です。
わたしが担当する営業は、什器を販売する会社への下請けをお願いする営業と、「オフィス移転するならウチの会社におまかせください」とアピールして回る営業でした。
どちらも断られることが前提の話であって、1日に何件も契約がとれる営業でもありません。
わたしは「――今考えてみると、アパレルショップにくるお客さんって”洋服に興味がある人”が前提にあったから売りやすかったんだろうな」と少し前のことを思い出していました。

「ま、でもあと2、3ヶ月もすりゃ少しは慣れて1件くらい契約取れてるっしょ」っと前向きに考えるようにしました。

――それから3ヶ月が過ぎ、現状はというと…

「――(アイツまだ1件も契約とれてないらしいよ)」
「――(社長の友達だからってナメとるんやない?)」

そうです。3ヶ月経った今も契約が1件も取れていない状況だったんです。
影で悪口を言われているのは気づいていました。
そりゃ、あからさまにわたしに聴こえるボリュームで話すのでわかりますよね。

でも、それでもめげずに頑張ろうと思いました。その理由は”お金がいい”からです。
普通は3ヶ月の研修期間があり、その期間中はだいたい総支給が25万円なのですが、わたしの場合A社長のご厚意で、最初から総支給が43万ほどあったのです。

「これだけもらってれば人生安泰だな。しかもAとも友達だし…」――声には出しませんが、内心は、いや、無意識的にそう思っていたと思います。

――今考えると、わたしの人生が狂い出したのはこのときからかもしれません。

―仕事が続かない―
最悪な8年間の幕開け

転職から約半年経ったある日、わたしが帰宅しようとした時にAから電話がありました。

「おう。まだ会社おる?ちょっと社長室まで来てくれん?」

帰り際だったこともあり、わたしは少しイラっとしながら「んー、わかった今からいく」といって電話を切り、社長室に向かうことにしました。
社長室を軽くノックし、社長室に入ると、ソファにはAと同僚Bが座っていました。

「――ちょっと座って」少し不穏な空気を出しながら言ったのはAでした。

Bの隣に座ったわたしに、Aはこう続けました。

「おまえ、営業しよる?」

少し間を空けてわたしはいいました。「――しよるよ。なんで?」

Aは少し困った顔をしながら、Bの顔を少し見てさらにわたしに言いました。

「おまえ、仕事サボりよるやろ。会社のみんなが言いよるんよ。仕事中にパチンコいったり、関係ない場所に車停めて昼過ぎまで寝とるって」

――そうなんです。わたしは仕事の時間にパチンコにいったり、会社の人達に見つからないような場所に車を止めてユーチューブを見たり、寝て過ごしていたのです。

「これ本当や?さすがにパチンコとか行ってないやろ?」――信じられないという表情でわたしに聞いていくるAを見ると、わたしは何も言えなくなってしまいました。

そのあと、同席していたBからもクレームを言われ、Aからも厳しい指摘を受けたことは言うまでもありません。

――そしてその帰り道、わたしはこんなことを思ってしまいました。

「つか、誘ったのはAやんけ。なんでこんなこと言われないかんとかいな。――もう辞めようかな…」

次の日、わたしはあっけなく退職届をAに提出しました。
Aは必死に引き止めてくれましたが、わたしの中ではもうAは「勝手なヤツ、いざという時に守ってくれないヤツ」という勝手なレッテルを貼ってしまっていたので、まったく聞く耳を持てなかったのです。

――今思えば、あのときサボっていたのは、自分の営業に自信がなく、過去の自分に戻りたいと強く思っていたから、現実逃避のためにサボっていたんだな…と思いました。

―仕事が続かない―
『人生最悪』のわたしの8年間

Aの会社を約半年で辞めたわたしは、アパレルの仕事へ戻ろうとしました。
しかし、そのときすでに32歳。アパレル販売員としての経験は豊富でもこの歳で雇ってくれるアパレルショップはありません。
唯一採用してくれたショップも、最初は時給880円のアルバイトから、正社員になっても手取り17万円程度。過去にSVをしていたわたしには到底満足できる待遇ではなく、研修期間が終わる2ヶ月後には辞めてしまいました。

アパレルに戻ることを諦めたわたしは、再出発のために大型自動車免許や重機、玉掛やクレーンなどの免許を取りまくりました。
アパレル時代に貯めていた貯金と、半年だけですが、Aのもとで働いていたお金があったので、資格費用や生活費にはあまり困りませんでした。

免許取得に3ヶ月を要したあと、免許が活用できる職種へと転職。

そこの会社は自治体からの仕事を請け負っていて、仕事内容的には土木作業に近い下請け会社でした。休みは年間110程度。給料は年収430万円。ムカつく人間はいますが、そこそこいい会社なので、わたし自身もここでずっと働くんだろうなーっと思っていました。

しかし、1年経ったある日のこと。人の悪口を言うことが趣味な同僚から「アイツ最近アタマハゲてきてない?カッパやんカッパ、アハハハハー」といつものように話しかけらたのですが、そのときのわたしは少し機嫌が悪くあからさまに不機嫌な態度で「わかったわかった、もういいよ」と言ってしまいました。
その同僚はその言い方が気に食わなかったのでしょう。次の日からはわたしの悪口を周囲の人に言うようになり、周囲の人達もわたしの悪口を言うようになりました。
それが影響してか、わたしは他の同僚にも不信感を抱きだし、関係のない人にまで悪態をつくようになり、結果、1年半でその会社を辞めることになりました。

それ以来、わたしは少しイヤなことがあるとすぐ態度に出すようになり、感情を抑えることができなくなってしまいました。そして、わたし自身も人の悪口を言うような人間になっていたんです。

このとき、わたしの中でこれまでと違う”何かが”変わってきていることを感じていました。

それからというもの、次に転職した配送業も人間関係がイヤになり1年未満で辞め、ダンプの運転手をしても1年で辞め、荷揚げ屋をやっては辞め、何をやっても仕事が続きませんでした。
このような状態が39歳までの8年間続いたんです。

――このときくらいからだったと思います。「いままで『自分より下だ』と思っていた人達って、もしかすると自分よりも立派で、見習うことがたくさんあったのかもしれない…」と考えるようになっていたのは――

『人生最良』のわたしの1日

貯金もなくなり、その日暮らしのような生活をしていたある日。地元のコンビニで中学校の先輩(今後Cと呼ぶ)にバッタリ会うことになります。

「お!久しぶりっ!元気しとったや!」とCさん。

わたしはいつものように面倒くさそうな態度で「おつかれっす」と軽く返事し、歩いて帰ろうとしました。

「おいおい!ちょっと待て!なんでそんなそっけないとや!…ちょっと待てって」

なぜか必死に引き止め、わたしに話しかけるCさん。

「なんすか。もういいでしょう」わたしの態度があまりにそっけない態度だったんでしょう。一瞬Cさんの顔がこわばっていましたが、それは一瞬でなくなり、さきほどととは違う少し優しい口調でわたしに言いました。

「…元気や?」

――それからわたしたちはコンビニの前で話はじめ、その日の夜に2人で飲みにいく約束をしました。

――夜になり、わたしはCさんが予約した『居酒屋しんちゃん』にいくことにしました。自宅から居酒屋までは歩いて15分。さほど遠くない場所ではありますが、考え事をするには十分な時間です。

わたしはいつもよりゆっくり歩き、居酒屋にむかいながら考えていました。
仕事のこと、これからの人生のこと、わたしに悪口をいった元同僚のこと、そして、こんな人生のキッカケになったAのこと。恨むほどのことでもありませんが、自分の中ではなにか腹落ちできない”モノ”が…それがなんなのかわかりませんが、最近同じようなことが頭の中を往来していました。
そんなことを考えていると、Cさんと待ち合わせしている居酒屋についていました…

『人生最良』のはじまり

わたしは店に入り、Cさんの名前を伝えると、店の奥にある個室に通されました。個室の襖を開けるとそこにはCさんがすでに座っており、笑顔で迎えてくれました。

それから酒を頼み、唐揚げや刺し身、たこわさなどを頼みながら、会話の話題作りに頭を使っていると「おまえ、仕事はなんしよん?」っといきなりCさんが聞いてきました。
仕事の話をするのがあまり気が進まなかったので、適当な返事をしていると「あれ?おまえアパレルで働いてなかったっけ?」とCさん。
わたしは「あーちょっと色々あって辞めちゃったんですよ。だまされた感じっすかね」と答えました。
Cさんはふーんっという感じで、このことについてはそれ以上聞いてきませんでしたが、なにかCさんが言いたげなことがあるのは気づいていました。

それから40分くらい他愛のない話をしていると、Cさんがわたしの顔をジーっと見て言いました。

「なんかおまえ、死んでんな」

――死んでる?それは楽しくなさそうっててことなのか、それとも表情が暗いってことなのかわかりませんでした。

「え?どういうことっすか」とCさんに聞き返すと

「おまえ、なんか心ここにあらずって感じやもん、ずっと」

わたしはなぜか何も言い返せませんでした。というか、自分でもわかっていたことを言われたような気がして、悔しい気持ちや悲しい気持ち、おまえに何がわかるとや!っという気持ちが入り混じった、なんだか居心地の悪い気分になっていました。
おそらく、これまでのことを悔やむ気持ちが大きすぎて、頭の中の自問自答が日常化し、人と会話していても頭の片隅では自問自答を繰り返していたことが、Cさんから見ると『心ここにあらず』に見えて、「なんかおまえ、死んでんな」という言葉になったんだと思います。

「――なんかあったら話してみれば?助けになれんかもしれんけど、ちょっとはマシになるかもよ」

わたしはこの言葉を聞いてすこし肩の力が抜けた感じがしました。

それからこれまであったことをCさんに話ました。アパレルで店長になったこと、会社から評価されてSVになったこと、そしてAからの誘いで転職したこと、その会社を半年で辞めたこと。これまで経験した職種や会社、そして退職した理由なんかも全部Cさんに話ました。いや、話したというか、全部内蔵から抜き取った感じでした。
そして、話し終わったときにはもうお酒もなく、つまみもなく、テーブルには少し残ったたこわさだけになっていました。

この話を聞いていたCさんは、少し頭をかき、店の店員さんを呼んで、自分の分のビールと、わたしのビールを頼んでくれました。そして…

「なんか、おまえ色々頑張りよるな。頑張りよる。いや本当に…」

「でも、ひとつ聞いていい?――おまえ、結局なにがしたいん?」

「大型の免許とった、クレーンの資格もとった、玉掛もとった。エライやん。でもなにがしたいん?なんのために取ったん?」

簡単な質問のはずです。でもわたしはずっと答えることができませんでした。そんなわたしを見ながらCさんは続けました。

「んじゃ質問変えるわ。おまえ、いま何ができる?」

「オレ思うわけよ。仕事って〈したいこと〉と〈できること〉の2通りしかないと思うわけ。ほとんどの人は後者の〈できること〉を選んどるわけよ。でもそれって〈したいこと〉と違うやん?ということはイヤなことがあったり、ストレスになったりすることって多くて当たり前やん?ならある程度は我慢しようや。」

「おまえ、アパレルで働いてたときってあんまりストレス感じんやったやろ?それって偶然おまえの〈したいこと〉やったんよ。でもそのAからの誘いを受けた時点で、それが〈したいこと〉から〈できること〉に変わってしまった。結果的にその営業はおまえの〈できること〉にも入らん職種やったわけやけど、でも〈やりたいこと〉から〈できること〉にいきなり変わったんやったら、それは誰でもうまくいくわけないやん。わかる?」

――最初はうるせぇっと思っていましたが、Cさんの言葉の意味を理解すればするほど、なぜか頭の中がハッキリしはじめ、これまで頭の中で溜まっていた黒い靄が少しづつ晴れていくのがわかりました。

Cさんは続けて話はじめました。

「おまえの間違ったのはAの誘いを受けたことやないよ。お金に走ったことよ」

「それと、〈できること〉を〈したいこと〉と勘違いしていること。この2つの間違いを自分で腹落ちせんと、これからずっと同じような失敗繰り返すよ」

わたしはすがるような気持ちでCさんに言いました。

「んじゃ、どうすればいいとよ。どんな仕事すればいいのか自分でもわからんとよ」

Cさんは得意げな顔をしてわたしにいいました。

「それは自分の胸に聞いてみるったい!」

人生は最良だ

Cさんの臭いセリフに少し笑いそうになりながら、改めてCさんにどうすればいいのか聞いたわたしは、意外な返答をもらうことになります。

「とにかく、自分を知ることからはじめんと話にならん。おまえマインドマップって知っとるや?」

聞いたことがない単語だったが、少し知ったような口調で返事をしました。

「そう、そのマインドマップを使うったい。いまスマホ持っとるや?それでXmindってアプリとってみてんや。無料やけん」

Xmind…なにか怪しいアプリの名前ですが、インストールすることにしました。

するとCさんは「そのXmindを使って自分を分解していくと、なんということでしょうー、自分のやりたいこと、できることがわかるのです。不思議やろ?」

急にフザケだしたCさんにすこしイラっとしながらわたしはCさんに質問しました。

「っで、これでどうすればいいと?」

Cさんは説明しはじめました。

「まず、真ん中に自分の名前を書く。次に、いまからオレの言うことを書いていけや」

まず…

  • 経験した職種
  • 持っている資格
  • 苦にならない作業
  • 苦になる作業
  • 苦手は職種
  • 興味がある仕事
  • 転職で妥協できない部分

「これ全部書いたら、一つづつ質問に対して答えていき。でもここで付け加えることがあるけん。それは「なぜ?」を入れること」

「なぜを付け加えることで、おまえの深層心理が見えてくるったい。わかったらすぐ書けすぐ」

わたしは言われるがままにXmindに入力しはじめた。

そのとき実際に入力した画像がこれです。

これを見たCさんはいいました。

「ちょっと少ないけどまぁいいたい。んで、これを見るともう答えが出とる。いいや?説明するよ」

「まず、『苦にならない作業』と『苦になる作業』が職種に繋がる。おまえの場合は、〈運転〉〈重たい物を運ぶ〉〈パソコン作業〉が苦にならん。そして、〈共同作業〉〈納品チェック〉〈立ち仕事〉〈電話対応〉が苦になる仕事というわけやね。」

「じゃ、次は過去に経験した職種を見ていこうか。過去に経験した仕事を見ると、配送業とダンプの運転手が入っとるね。っということは、おまえの『苦にならんこと』と『過去に選んだおまえの職種』を総合すると『車で何かを運ぶ仕事』がおまえにとって”できること”であり、比較的ストレスを感じにくい職種ってことになるんよ。わかるか?」

わたしは疑問をぶつけてみました。「でも、配送業もダンプも人間関係で辞めたんよ?」

するとCさんは言いました。「アホか。それとこれとは話は別たい。さっきおまえ『どんな仕事すればいいかわからん』って言いよったやないか。まずはおまえ自身、これが今オレのできる仕事だ!!ってハッキリせん限り転職繰り返すやる?それとももしかしてあれか?まだ『オレに合った職場があるはず』『オレを必要としている会社があるはず』と思っとるん?そんなもん一つもないよ。ハッキリ言って。もしあったとすれば、それはおまえ自身がその会社を大切にしたいって気持ちが芽生えた会社だけたい」

わたしはこの言葉を聞いて何かを思い出そうとしていました。たしかあれは…

《「――無理せんでもよかけん。いまの会社ば大切にしとるならそっちを優先させたほうがいい」》

そうです。8年前にAがわたしに言った言葉とほとんど一緒だったんです。
そのとき思いました。Aが言った意味は違うくても、会社を大切にするって意識はけっこう誰でも持っているもんなんだなって。ただ口に出さないだけ。意識しているわけでもなく、なんとなく本能でわかっているんだろうなって思いはじめました。たとえこれがわたしの勘違いであっても、そう思うことで逆に気持ちが軽くなれる気がしたんです。

ひとりで考え事をしているわたしに、Cさんがこんなことを言ってくれました。

「おまえさ、これまで仕事を短期間で辞めてきたやろ。どんな感じやった?大変やったやろ。お金もなくなって、仕事以外することもなくて、楽しみもなくなったんやないと?おまえがしよることって多分人生で一番辛いことなんよ。それをあえてする必要ってある?もう楽していい時期に入ってると思うよ。仕事を続けることで逆に楽になることだってあるんやって。だけんちょっと違う形で頑張ってみようや」

目の下から溢れてくるものを抑えながら、わたしはビールを一気に飲み干し、Cさんに失礼と思いながらも、そのとき持っていたお金をCさんに渡し、店を後にしました。

――――店から自宅までは歩いて15分。それほど遠くない場所ではありますが、考え事をするには十分な時間です。

その次の日からわたしは、求人サイトや転職支援などを利用して『車で荷物を運ぶ』仕事を探していました。
実際に転職できるまで2ヶ月半ほどかかりましたが、これまでの会社と違うようで、あまりストレスがかからない職場で安心しています。

――ストレスのかからない職場……いやなんでもありません。

とにかく今はいい気分です。本当に…毎日が最良の日です――

おわり

――仕事が続かない原因は人それぞれあり、対策や改善方法もそれぞれです。すべての「仕事が続かない人」を助けることはできませんが、これを読んだあなただけでも「仕事が長続きできるようになる」キッカケになれば幸いです。

――しかし、このブログはキッカケに過ぎません。キッカケを掴んだあとはあなたの行動、考え方次第ということを忘れないでください。そして、行動し続けることを忘れないでください。
そうすれば、きっとあなたに合った職場が見つかるはずです。